医師になって何をしたかったのか 

もう2年も前のことだろうか。無症状のスクリーニングとして内分泌内科医師から63歳の女性が経胸壁心エコー検査を依頼された。大動脈弁直上に非典型であるが動脈解離によるフラップのようなものがみえたので、私は主治医に連絡し、すぐに経食道心エコー検査を行った。結果は、大動脈は軽度の拡大を示したが動脈解離の所見はなかった。そのとき、患者に同伴した内分泌内科の主治医は「なにも異常がなくてよかったですね。」と患者に声をかけた。私は、これは解離性動脈瘤の新しいサインではないかと思っていたのでなにも異常がなかったことに対して内心がっかりしていた。しかし、当たり前のことだが主治医は患者のことを考えていた。

先日、循環器のある学会が東京で行われた。「急性心筋梗塞に対する第1選択は経皮的血管形成術(PTCA)である」と、所はばからずにいっていた医師や施設が、経皮的血栓溶解術(PTCR)を行うようになってきた。理由は破裂した粥腫はどのような形態をとっているかを血管内超音波(IVUS)で観察するためである。PTCAをしてしまったら、粥腫の自然の形態をみることはできない。

心筋梗塞症の発症機転にていては、冠状動脈造影が簡単に施行できるようになり、新しい知見が加わってきた。軽度の動脈硬化病変にもかかわらず、同部位における粥腫の破裂により急性冠症候群が生じる。なんとかその高い危険率をもった血管部位を同定できないだろうか?IVUSは血管の断面を観察することができ、まさにうってつけの検査法である。

またprospectiveな研究として、血管造影時にIVUSで観察し、種々の部位を登録し、将来心筋梗塞になった症例から、どんな形態が破裂しやすいかの判定が可能である。非常に論理的思考である。

しかし、よく考えて下さい。この研究に参加している医師は自分の患者が心筋梗塞になることを期待していることになる。現在医師になっている多くの人は、医学部に入学しようと思ったとき、不幸な患者をなんとか救いたい等、それなりの理想をもって入学を決意したであろう。患者がよくなることを自分の喜びとし、患者が心筋梗塞にならないために何かをするのが我々医師の本来の仕事であるはずである。

Evidence based medicineは確かに必要である。この研究の方法自体はきわめて妥当性があり、結論が出れば今後の患者に有益な情報を与えてくれる。しかし、一定の結論を出すためには、登録病変を持った患者の多くが心筋梗塞になる必要がある。この研究に関与している医師は、その点についてどのように思っているのだろうか?大学の長い研究中心の生活の中で、業績を出すのが医師の一番の使命であるという考えになってしまったのだろうか?私はなんとなく割り切れない気持ちで学会会場をあとにした。そして、2年前のことが頭に浮かび、「私も50歩100歩ではないか、初心にかえり何のために医師になろうとしたのかを考えなおそう」と思った。